アドバイス

趣味で卓球をやっているのだが、そこで気づいたことについて。
先日、卓球の団体戦の試合に参加した。団体戦だと、チームメイトにアドバイスをしたりして、どうすれば勝てるかを一緒に考えられるのが、一体感を得られて楽しい。だがその時、アドバイスの仕方は人によって大きく違っていることに気づいて、それがとても興味深く感じた。
つまり、ミスを無くすにはどうするかをアドバイスする人と、点を取るにはどうするかをアドバイスする人がいたのだ。そしてこれが、人のマイナス面を見ているのか、プラス面を見ているのかが現れているように思えて、興味深く感じるとともに、人に何かを教えることの難しさを感じたのだった。

感謝

カミさんとケンカすることは、数は少ないけどやっぱりある。
そういう時を振り返ると、感謝の気持ちが欠けてたと思う。
慣れてくると、相手がこうしてくれるのが当然でしょ、という考えに変わり、思い通りにならないとイライラしてしまう。いつの間にか、そこには感謝の気持ちがなくなっている。
でも、感謝の気持ちを思い出せれば、イライラはすぐに消える。お互いに感謝の気持ちを示すことができれば、心がスッと軽くなる。
「ありがとう」の一言がとても重要だと思うのだった。

技術力

ソフトウェア関係の仕事をしていると、技術力があるとか無いとか、そういう言い方をすることがある。でも、これも人によって何を指すのか違っている。
そりゃあ、すごく頭の回転が速くて、人が気づかないことに気づける人は、単純にすごい。だが、他の人が知らないことを知っているとか、ノウハウを持っているとか、そういう人を指して簡単に技術力があると言っていいものか。
ただ、今日よりも明日をもっと良くしようと努力できること、これは重要な点ではないかなと思う。明日を良くするために必要な情報収集だったり、自己研鑽を続けてる人は、技術力と呼ばれるものを身につけてる人が多い気がするのだ。

人生の達人

ストレスだらけのこの社会、唯一体を内側からリフレッシュできる場所、それが、トイレだ。

そこでの時間を有意義に過ごせる人は、人生の達人への第一歩を踏み出した人かもしれない。

何も気にすることなく、じっくり時間をかけたい気持ちはよくわかる。

・・・だが、トイレは皆のものなので限度はあるのだ。そこはぜひ理解していただきたいものだ。

さあ、前向きに

仕事をする時には、できない理由を挙げるのではなくて、できるためにはどうするかを考える。
〜だから出来ない、というと思考が止まってしまう…というのはよく言われることで、確かにそうだなと思う出来事も、わりと頻繁に起きている。
でも、「できない理由ではなく、できる方法を考えよう。」と、他の人に言えるかというと、簡単には言えない。
誰かに向かってこの言葉を言いたいときに、冷静になって相手の身になって考えてみる…
実は、相手にそう言わせてしまっている何かがあるんじゃないか?
実は、自分に都合が良いように押し付けているだけになってないか?
実は、相手のアラームを見逃してなかったか?
そもそもこの言葉を言いたくなってること自体、思考が止まっている証拠じゃないか?
でも、これらのこと全部を考えた上で、「できる方法を探そう」と言えるだけの人になりたい。

経験と変化と

過去に経験したことが、現在に生きる。しかしそれには、過去の経験が本当に現在も当てはまるのか、変化を感じて見直し続けることが重要になる。
中国を初めて訪れたのがもう10年前。当時は交通事情に驚き、食べ物の味に驚き、人が活発で新鮮だった。それが最近になって変化を感じるようになった。「中国ってこんなところなんでしょ?」「いや、最近はそうでもないよ」そんな会話が増えたように思う。
自分が変わったせいだろうか?以前より少しだけ違う世界が見えるようになった、そんな感覚。過去の経験にとらわれすぎずに、現在の感覚を大切にして、これから先も変化を感じられる人でありたいものだ。